【映画評】スター・ウォーズ/最後のジェダイ

スター・ウォーズの最新作@TOHOシネマズ日本橋

 

ネタバレを含む映画評は以下の通り。

 

結論から言うと、余りおススメしないです…

 

starwars.disney.co.jp

 

本作は前作のラストである、主人公のレイがルーク・スカイウォーカーと邂逅するところから始まる。レイは自らの出自を知るため、ルークと出会い、フォースとは何かを学び始める。一方、物語は並行してファースト・オーダーが圧倒的な軍事力で反乱軍を追い詰めていく。レイア率いる反乱軍は、多くの犠牲を払いながら逃げ延びるが、徐々に追い詰められていき、内部も混乱に陥る。お互いに争いを続ける過程で、ファースト・オーダー側の、もう一人の主人公とも言えるカイロ・レンとレイが、フォースの力により、徐々に心を通わせ、お互いに引かれ合っていく…というのが大雑把な粗筋。

 

さすがにスターウォーズシリーズということもあり、宇宙での戦闘シーンは相変わらず迫力があり、大変美麗な映像に仕上がっています。

 

ただ、正直、ルーク、レイア、チューバッカという伝説的な旧作陣と、レイ、カイロ・レン、ポー、フィン、そして新キャラのローズというフレッシュな新作陣がうまく混ざり合っていない。どれも魅力的なキャラクターではあるのだけれど、結果どれにもフォーカスできずに、散漫な印象を受ける。

 

また、これは他でも指摘されているようだけれど、脚本がかなり雑というか、無駄なものがかなり多い。

 

■最初の戦闘シーン、ローズの姉が命を賭して敵艦に爆弾を落とすのだけれど、正直初めに唐突に出てきて唐突に死んでしまうため、感情移入する暇が全くない。なので、その後の姉を戦争で失ったというローズの悲劇性もかなり薄れてしまっている。

 

■というか、ローズはもう少し何とかならなかったのだろうか。古い香港映画に出てくる飯屋の汚いねーちゃんみたいな出で立ちが強烈すぎて、ちょっとSWの世界観とは違い気がするんだけど…(まあ、古い世界観をぶっ壊しているという意図ならば当たってはいる)

コードブレイカーを探す件はかなり意味不明。結局お目当てのコードブレイカーではなく、牢屋でたまたま一緒になったベニチオ・デル・トロに託すのだけれど、結果見事に裏切られる。が、そもそも牢屋で一緒にあったどこの馬の骨とも分からない輩に託すほうがおかしいのでは??

結局、反乱軍本体はこの極秘作戦とは別に輸送艦でしれっと逃げるという作戦を決行しており、そもそもこの極秘作戦自体が無用になり、カタルシスが得られない。このエピソード、必要???

■反乱軍の提督が進める作戦なんだけど、飛行士のポーに対して、その意図を隠す必要性とは?クーデーター起こされるぐらいだったら、ちゃんと説明すればいいのでは?

 

などなど、2時間半程度の映画なのだけれど、話にちぐはぐな箇所が多い。結局、何のためにやっているのかが良く分からない。

 

そして、これはあまり指摘されていないが、カイロ・レンの醸し出す雰囲気が優しすぎることだ。旧作のダース・シディアスダース・ベイダーという圧倒的な力と無慈悲さという恐怖感がないため、全体的に緊張感がない。上記の荒っぽい脚本と相まって、かなり弛緩した内容になっている。アダム・ドライバーはいい役者だと思うけど…

 

総じて、今作では旧SWシリーズが積み上げてきたものを意図的に壊しにかかっている気がする。これは制作陣が前作である程度、旧作ファンに納得できるものを提示できたという手ごたえがあったため、今回は守破離の「破」として、前作とは違ったテイストをかなり注ぎ込んだという印象を受ける。

が、正直、壊さなくていい個所も壊しているため、作品として「SWってこんな話だったっけ??」という違和感を感じ続ける。

 

ただ、ある意味今作で派手にぶっ壊したため、エピソード9はかなり自由にまたさらに更新されたSWを提示できる下地ができたのではと、ポジティブにとらえることも出来るので、そこは期待したい。

 

2017年レビューと2018年目標

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 

年始なので、去年の目標の達成度合いと今年の目標について記載していきたいと思います。ちなみに2017年の目標は以下のエントリに記載しています。

 

merc.hatenablog.com

2017年は今の会社に転職してきてから怒涛の生活でした。監査法人を退職し、そこからいわゆる経理職になったのですが、なかなか大変でした笑。詳細書けませんが。

が、1年経過したということで当たり前ですが、当然来年はより効率的なプロセス、生産性のあるアウトプットが求められるわけで、気を引き締めてお仕事したいと思います。では、2017年のレビューをば。

 

【2017年レビュー】

  1. 規則正しい生活を送る。
    これは、、、まあ出来たことにします。と、いいますのも、前職の監査法人のように土日もなく、朝も夜も関係なく仕事をこなすということはなくなりました。
    それは一応経理職というルーチン的な性質の職についたということもあるのですが、昨今の『働き方改革』の影響もあります。

    ただ、最初は慣れない職場、慣れない仕事、慣れない人間関係ということもあり、月曜日から金曜日まで駆け抜けるように仕事をして、土曜日、日曜日死んでいるということも多々ありました。

  2. 痩せる
    171cm、72kgで絶賛キープしています。つまり未達。

  3. 余計なことをしない
    達成!見事に余計なことをする余裕もなかったです。

  4. 英語をやる
    未達!海外現地法人とのコミュニケーションなど、英語を使用する機会は抜群に増えましたが、英語の勉強や能力向上はほとんどできませんでした。

  5. 仕事を覚える
    達成!1年目なので、謙虚に貪欲に仕事を覚え、取りに行くということはできたと思います。1年目としてはなかなかのスタートダッシュではないかなと思います。

これを踏まえて、2018年の目標を設定したいと思います。

 

【2018年】

  1. とりあえず65kgまで痩せる
    12月に健康診断を受けたのですが、諸々引っかかってしまいました。定期的にランニングはしているのですが、それを超えるぐらいにインプットをしているため痩せないし、諸々の指標は悪化しました。運動不足というよりは、どちらかといえば食事が問題なので、2018年は食事に気を付けつつ、体重を落として、諸々のKPIの改善に励もうと思います。

    目標値ですが、とりあえず4月ぐらいまでに65kgぐらいまでじりじり痩せつつ、
    年末に向けてキープしていくというのが理想です。

  2. できる限り怒らない
    昨年は自分の至らなさや立場上の問題もあって、自分の思い通りにならなくて怒ることが多かったです。当たり前ですが、他人は私ではないので、大抵のことは思い通りになりません。
    そのことについていちいちイライラしない、休日までもやもやを引っ張らないようにしたいと思います。

  3. 財務会計の知識のブラッシュアップ
    組織の中であっても自分の強みを伸ばすということは重要かと思います。なんだかんだ言って、私は公認会計士なので、周囲から財務会計の知識や解釈を求められる機会が多かった気がします。なので、今年も専門家として財務会計の知識の研鑽を意識し、日々知識のブラッシュアップに努めていきたいと思います。

  4. 投資
    これは、完全に乗り遅れたのですが、火傷しない程度に投資をしていこうかと思います。ビットコイン関連は正直知識不足もあるので、普通の株式あたりからやっていこうかと思います。手近で分かりやすいところから。

  5. 英語
    これは引き続き、レアジョブなどの英会話も入ったきりでなかなかできていませんが、英語は日々単語、英会話などをやっていきます。語学は比較的好きなほうではあるので、時間をとってやっていきたいですね。

以上です!

 

まずは体調管理、体が資本!

 

【雑感】「斜に構える」ことの害

小学校の頃、理不尽な教師から嫌がらせに近い叱責を受けたり、スパルタ的な塾に行って日常的に面罵されたり、割りと校則・規則に厳しめな中学校・高校で過ごした反動か、目上の人間、組織、体制といったものが好きではありません。

 

一応、大学や一般の事業会社に入り、社会人・組織人としての常識、態度、マナーとやらは叩き込まれたものの、どこか組織に対して斜に構える癖が抜けないタイプの人間でした。

 

大体、忘年会、クリスマスパーティ、新年会、オフサイトミーティングなどの組織の一体感を醸成するという名目で定期的に開催される年寄りとその提灯持ち達のバカ騒ぎは大体行きませんでした。

 

しかも、私みたいな人間は大体、組織のヴィジョンやミッション、思想みたいなものに対しても一見真面目に聞いているようで、心の底で小ばかにしています。面従腹背と言うか

 

こうした組織に対して「斜に構えた」人間は組織の上の人間から可愛く思われないため、大して出世できません。事業会社だと管理職は厳しいでしょうし、監査法人のようなプロフェッショナル・ファームでもマネージャーまでは行けても、パートナーは無理でしょうね。

 

出世するには実務的な能力や知識以外にも、組織に対する忠誠心や愛着というのを見せなければなりません。

 

最近までそれでいいんじゃないと思っていました。

 

そもそも斜に構える人間は出世にも興味がないんでしょうし、自業自得です。

 

が、最近になり、駄目かもと思うようになってきました。

 

と言うのも、組織に対して「斜に構えた」態度をとっていると、困難な業務や大きな業務を任せられないため、リーダーシップや問題解決の能力といった本人にとっての成長の機会が与えられず、長い目で見て損をする気がするのです。

 

今、私が在籍している会社に転職してきた方は、有名企業(知名度のある1部上場企業、Big4のアドバイザリーファーム、税理士法人監査法人等)で学歴もしっかりしている(早稲田、慶応、上智同志社、及びそれに準ずる大学)方が多く、履歴書だけ見ると素晴らしい方が多いのですが、様々な期待を込めて一緒に働いてみると、アレ?って思うことが間々あります(当然出来る方も多いですよ)。

 

そんなアレな方々と接して、これまでのキャリアを少しずつ深堀していくと、何らかの理由で前職で行き詰ってしまった方というのが少なくないと感じています。

 

別に行き詰まるのは良いんです。これまでは日本の経済自体が低成長で、企業の役職・ポスト自体が限られている訳ですから、組織にいる全員が順調に出世していって、責任ある立場になるというのは理屈から言えばおかしいですから。そもそも順調に行っていれば転職する必要もないのですから、転職する人のほとんどが行き詰っているはずです。

 

ただ、行き詰まった理由が「大きなプロジェクトに失敗してしまった」「上司と意見が合わず、大きな衝突をしてしまった」というのではなく、どちらかというと、もともと組織そのものに対して「斜に構えた」態度でいたら、仕事が任されなくなった、同期と比較して出世が遅れてしまった、結果組織に居づらくなり、転職したという経緯が多いです。

 

こうした方は新しい職場でも高い確率で斜に構える癖が抜けないため、組織に順応する速度が遅いです。結果、仕事が覚えるのが遅れ、チームに溶け込むのが遅れ、上司からの評価は下がり、やっぱり転職先でも行き詰まるという悪循環にはまります。しかも、自分自身が悪いとは全く思っていないため、自覚するまで治りません。

 

ちなみに、私自身のことを話すと、斜に構えた感じではありましたが、監査法人の場合は6割以上の人間が斜に構えているため大して差別化できず、出世もマネージャーぐらいまでは割と問題なく行き、斜に構えようが忠誠心を見せようがお構いなしに仕事なんて勝手に降ってくるので、大して影響は無かった気がします笑。こういうところも監査法人は自由ですね。もともと忠誠心自体が低い人の集まりですから…

 

宗教のような盲目的な忠誠心を、軍隊のような厳しい規律が必要とは今でも思いません。苦手な酒を我慢して飲めとも、上司に無条件に追従しろとも思いません。

 

ただ自分の属する組織に対して変に斜に構えて、批判的・ネガティブになることはやめたほうがいいと思うに至りました。

 

振り返ってみて、意外に失うものが多いですよ。

 

【雑感】WOWOWぷらすと『2016年の音楽界を振り返る』を観て

www.youtube.com

 

2017年も年の瀬に入ろうとしている昨今、今らさながら『2016年の音楽界を振り返る』という動画を見て、面白く思うと同時に、なんだか失望してしまった。

 

私自身三十路を超えて随分経つ身であり正直、そこまで日本や欧米のポップミュージックを熱心に聴くことは無くなった。いろいろな理由はあるものの、やはり学生時代と違い、いろいろとやることが増えた結果、なかなか音楽を聴くということに時間を避けなくなったというのが大きいと思う。

 

さて、上記の動画は、宇野惟正、柴那典、そして田中宗一郎というロッキング・オンOB(というには随分時間が経っているが…)が2016年の音楽シーンを振り返り、放談するというもの。

 

観ていて最初のうちは、「おお、タナソー老けたなあ。でも、あんまり変わってない気もする」という懐かしい気分で楽しく見ていた。そのうち、日本の音楽シーンについて、語り始める。基本路線としては、欧米がWebのテクノロジーを利用し、音楽を聴く形態やビジネスがドラスティックに変容していく一方で、それを気にも留めずガラパゴス化していく日本のアーティストとリスナー、そしてメディアを批判的に論じている。

 

まあ、気持ちわからなくもないのだけれど、途中の宇野惟正の酔っ払ったかの如く英語を勉強しろ!という言説を聞いて、なんだか鼻白む思いをし、途中で聴くのを辞めた。

 

大体、英語を勉強した程度で、欧米の音楽に自然とアクセスし、参照するようになんかなるかいな。今の若い子のほうが昔よりよっぽど早くから英語に接する機会は多いし、時間も多いけど、全く結果に影響与えてないぞ。

 

そう、本当に変えたければ、もっとドラスティックにやる必要がある。

 

それは、日本語を使うことを止め、日本人の作った音楽から遮断して多くの人間が育つことだ。

 

ただ、そうなったときに、本当に素晴らしいと思えるのか、素晴らしいと思う人間がいるのか、本当に疑問。

【会計士関連】なぜ会計士は使えないのか シリーズ② そもそも会計士を目指す人って…

久々の会計士関連エントリー。前回は、公認会計士が所属する監査法人内の育ち方、つまり外部環境にフォーカスしたエントリだった。

 

merc.hatenablog.com

今回は、内部環境、つまり公認会計士を目指す人がそもそも事業会社、もっと言えばカチッした組織の中で生きることに向いていない人が多いし、監査法人を経由するとそういった組織の中での能力を得ないまま過ごしてしまうということを書いていきたいと思う。

【目次】

  1. 公認会計士を目指す人の性質(そもそも論)
  2. 監査法人内での”放牧”(監査法人、管理されない問題)
  3. ある程度自由にやらせるというスタンス(監査法人、管理しない問題)
  4. 転職市場に放たれる”大きな子供”

 

  1. 公認会計士を目指す人の性質(そもそも論)
    これは元も子もない話なのだけれど、そもそも公認会計士を目指す人とはどういう人だろうか?私も元会計士なので卑下するわけではないのだけれど、いわゆる三大資格である医者、弁護士に比べると割と消極的な理由が多いのではないだろうか?
    医者、弁護士と比べると割と幅広に色んなことをやっている人が多い一方で、「何をやっているのか、いまいち分からない」というのが、一般的な意見ではないだろうか。
    どちらかと言えば、大学生活を体育会やらで汗を流し切磋琢磨するわけでもなく、留学して知見を広めるわけでもなく、ゼミで猛烈に勉学に励むわけでもなく、漠然と苛烈な就職活動はやりたくないし、将来の保証が先細るサラリーマンにもなりたくないし…というそこそこのレベルの大学生が目指すというのが、マジョリティではないだろうか。
    はたまた私みたいに最初は事業会社に勤めながらも、やはり何となく文系の専門性の無さとその将来性を不安に思い、大企業で働くのも面白くないなあと思い辞めてしまい、一念発起して会計士になるパターン。
    (余談だが、慶應の内部生とかに多いパターンだと思うのだけれど、大企業のサラリーマンや医者、弁護士というコンサバティブな職業の選択肢の一つとして割と早い段階で公認会計士という職業を選択するパターンもあるのだけれど、少数ではあり本論とあまり関係ないので割愛。)
    いずれにせよ、何となく「組織内で生きるのが駄目っぽい」と悟っているという気質を持っている人が多いのではないかと思う。

    そう、端から向いてないのだ。

  2. 監査法人内での”放牧”(監査法人、管理されない問題)
    ただ、多少の組織内で生きる能力や気質の欠如というのは、他の学生も似たようなものなので、一般的な会社であればそれをキッチリと矯正する仕組みみたいのがある。
    社内研修やら、メンターやら、怖い先輩・古参の社員の存在…組織で生きるとはどういったことなのかをちゃんと分からせる仕組みがある。

    が、監査法人の場合、いい意味でも悪い意味でも、組織でキッチリと管理し育てるという仕組みが弱い気がするのだ。もちろん、あまりにも出来が悪い(お頭の良し悪しではなく、一般的なコミュニケーション能力、言葉遣い、生活態度など)人に対しては仕事を与えず干してしまうのだけれど、多少出来が悪くても、監査法人の多くの人達は基本的に穏やかであり、プロフェッションとして仕事を任せるという立場の人が多く、ぼっこぼこに矯正してギッチギチに管理するということはあまりない。

    なので、一般の事業会社と比較し、前述したもともとの会計士の気質も相まって、かなり好き勝手やってしまう人達がのびのびと育ってしまう(これは私もそうです。基本のびのびやりました。のびのび超長時間残業だったりしたこともありますが…)。

    ただ、監査法人は自由な雰囲気で風通しもよく、辞めた今でも過ごしやすい会社だったと思いますよ。一方的に悪いというわけではないです。

  3. ある程度自由にやらせるというスタンス(監査法人、管理しない問題)
    そして、ここから徐々に罪深くなる。管理されてこなかった人たちが徐々に年齢を経るにつれて職務が上がってくるのだけれど、そんな人たちは管理職になってどうなるか?

    やはり、きっちり管理されてこなかったから、管理するのが苦手な人が多い気がするのである(プロフェッションが管理されるのは単純にストレスが溜まるだけだけど、プロフェッションを管理するのは膨大なエネルギーを必要とするから、気持ち分からなくはないのだけれど)。自由放任、任せる文化と言えば聞こえはいいのだけれど、酷くなると単なる放置、単なる無関心に過ぎない。

    チームに誰がアサインされているのか知らない・興味がない、メンバーの業務内容を把握していない、残業時間知らない(そのエンゲージメントやプロジェクトにちゃんと利益が残ればOK!)、チーム間の日程調整ほったらかし、部下の評価・昇進・育成に興味なし…等々、マネジメントの業務から逃げてしまう人が一定数いるのである。それでも、何となく時が過ぎていき、特段短期的な評価にはあまり響かないのが恐ろしいところである。まあ、その上のパートナーの人たちも管理するのが苦手だったり、面倒くさかったりしたので、何となく気持ちがわかるんでしょうかね。

  4. 転職市場に放たれる”大きな子供”
    しかし、当然好き勝手にやってパートナーに昇格できるほど今の監査法人は甘くないわけで、行き詰ってしまう人たちが一定数出てくる。
    そんな人たちは肩書が「マネージャー」やら「シニア・マネージャー」といった肩書で法人から去り、上手いこと事業会社に転職したりするのだけれど、雇い入れた事業会社サイドでは、その肩書を真に受けて期待して管理職に据えたりすると痛い目を見るわけだ。

    なんでって、管理しないんだもん。というか、管理してきてないし。もっと言えば、興味もないし。

    そうやってリーダーシップも最低限のマネジメント能力もないまま、プロフェッショナル面して事業会社に来ると、当たり前ですが部下からは総すかんを食らい、さっぱり人望が得られず、チームとして機能しなくなる。で、事業会社のお偉方は「会計士使えねー」という評価が出来上がる。

とかなり辛辣な書きぶりになってしまったが、会計士が組織の中で生きるということに向いていない人が割と多く、向いていなくてもOKというおおらかな文化で育っているというのは理解しておいて良いかと思う。

逆に会計士の人は、事業会社に入るということは、今まであった監査法人の大らかで自由な文化は基本的にないということを肝に銘じて転職するなりして欲しい。特に伝統的な大企業であれば。

【映画評】『ブレードランナー 2049』/独身男性の琴線に響く、女性不在の壮大なSF

www.bladerunner2049.jp

 

80年代のリドリー・スコット監督の伝説的な映画『ブレードランナー』の続編です。結論から言えば、今年、いやここ2、3年で最もよい映画でした。1枚の絵画のような息をのむ美しい荒廃した近未来の映像を、低音が唸るような不穏な電子音とともに物語を紡いでいき、1秒たりとも飽きさせることはないです。

これはまさに映画館で見るべき映画なので、上映中に大きな映画館でぜひ見てください!

物語は、前作『ブレードランナー』よりさらに未来の話。荒廃しつくした近未来では、レプリカントと呼ばれる人間の労働力の代替として存在する人造人間が人間と共に暮らしている。前時代の遺物である旧型のレプリカントを駆逐するために存在する捜査官、通称”ブレードランナー”であるKは、旧型レプリカントのサッパーを農場で発見し、処分する。その家の近くにあった枯れ果てた木の根元に、昔のレプリカントの骨を発見する。しかし、その骨をよく調べると、妊娠した形跡があること発見。生殖機能を持たないはずのレプリカントが妊娠した可能性に恐怖を抱いたLAPDはその子供を探し出し、無かったものとして探して処分しようと試みる。
一方、レプリカントを製造している巨大企業の社長であるウォレスはその子供を探し出し、レプリカントが生殖能力を持つ可能性に、更なる拡大生産を目論む。
しかし、Kはさまざまな手掛かりを見て一つの疑問、仮説を持ち始める。自分がそのレプリカントの子供ではないかと…

 前述したとおり、薄暗いスモッグや灰のような雪の中に、メガロマニアックな高層ビル群が浮き彫りになってくる様は必見。初代『ブレードランナー』を見た観客の衝撃を知ることはできないのだが、それに近いものは体感できるのではないか?そう思わせるぐらいに圧倒的な映像です。

また音楽も負けず劣らず迫力があり、地鳴りのような重低音が響き渡り、映像とともに観客を圧倒する素晴らしい出来映え。

そして、ストーリーはとても物悲しい。その物悲しさが、独身男性の寂しい心に響くようなものなのです(笑)
例えば主人公であるKが自宅に帰り、食事を摂るシーン。何かパックされた冷麺のようなものを温めて、一皿の簡単な料理を作り、3Dの女の子と喋りながら食べる…日本の現代の独身男性を模したかのような映像であり、何か変な親近感を覚えます(私は2次元の女性とコンビニ弁当食べることはしませんが…)。

家族もいなく、近所づきあいもなく、職場の上司とは仕事以外の関係はなく、自分と同じレプリカントを処分するという矛盾を抱えたまま、黙々と暮らす日々。そんな中に一筋の希望を見つける。「自分はもしかしたら特別な存在かもしれない」という希望。

 

そして、特別でも何でもないという絶望。

 

しかし、それでも前に進むという姿勢。

友達がいなくても、彼女もいなくても、結婚できなくても、最後に信じた道を進む一人のレプリカントに、冴えない独身男性たちは涙するのではないでしょうか?(まあ、ライアン・ゴズリングだから様になっているだけで、冴えないやつは何やっても冴えないかも知れませんが…私含めて…)

が、一方で気になることがもう一つ。

それは、『独身男性に響く』ということの裏返しでもあるのですが、もしかしたら『女性にはさっぱり分からない』ということ。

というのも、この映画、”女性”がほとんど出てきません。

美しくも最高におっかなかったラブはレプリカントであり、任務を遂行する際の彼女は機械や悪魔といった類。次に、同じくおっかないロビン・ライト演じるマダムは男性的な女性であり、3Dのホログラムであるジョイは男性が身勝手に夢想する女性。唯一はマリエットなのだけれど、彼女は娼婦であり、男性の性の対象でしかない。

なので、(男性の私から観ても)あくまでも男性の視点でしか女性を描けていないという気がし、あまり女性が見て共感や感動を覚える造りになっていないのではないかという気がしています。

ただ、繰り返しになりますが、映像は近年稀に見るような美しさであり、テカテカしたCG映像とは一線を画す仕上がりであり、全くもって見て損はない映画です。

圧倒的におススメ。

【書評】『勝ちすぎた監督』中村計

 

★★★★★☆☆☆☆☆ 

個人的に、野球についてはあまり興味がない。プロ野球も夜中のダイジェスト放送で何となく流し見し、地元の球団が負けこんでもそんなに嘆いたりしない。

こんな感じなので、本書のテーマである甲子園も正直、大して興味がない。シーズンが過ぎてはじめて優勝チームを把握する。その程度だ。が、そんな私でも2006年の早稲田実業駒大苫小牧の決勝戦は覚えている。それぐらい、この時の戦いは異質だったし、異常な盛り上がりだった。

 

本書では、その時の敗者である駒大苫小牧の監督、香田誉士史氏のノンフィクションである。香田氏は大学卒業後間もなく、母校・駒澤大学の付属高校である駒大苫小牧に野球部顧問として赴任。90年代半ば、その厳しい気候や北国特有の気質等も影響し、北海道はいまだ甲子園での優勝経験はなく、強豪校との差は大きかった。そんな中で香田監督は異常ともいえる厳しさで高校球児を鍛え上げる。また、彼の野球人としての優れた感性、斬新な練習方法の導入などもあり、徐々に駒大苫小牧は北海道の強豪校として進化していく。そして、2004年、甲子園の頂点に昇りつめ、2005年に連覇、2006年には準優勝と近年稀に見る成績を収め、一時代を築き上げていった。

しかし、優勝する一方で部長の日常的な暴力行為、選手の飲酒・喫煙、それに伴う選抜大会の辞退など、負の側面も明るみに出てしまう。

本書は、長い甲子園の歴史の中で揺ぎ無い歴史を築き上げ墜ちていく過程を、香田監督を中心として、丹念に描いている。

 

特筆すべきは香田監督の異常なまでの厳しさ。北海道の厳しい気候の中での練習。容赦ない罵声。そして暴力。本書では自信も手を上げていたことを告白している。一方で、繊細であり、優れた野球の感性を持ち合わせる。天才の一種なんだろうと思う。

そんな香田監督でも10年をかけ、ようやく甲子園で優勝できるチームを作り上げることが出来た。チームビルディングの難しさを感じる。

 

ただ、個人として、ビジネスマンとして、あまり参考にはならないかなと思う。

 

また、本書の弱い点としてかなり野球のテクニカルタームが多く、冗長に感じる。野球に詳しい人が読めば、面白く感じるかもしれないけど。