【会計士関連】なぜ公認会計士は使えないのか?シリーズ① 視点の違い、目線の低さについて

公認会計士と聞くとどういった印象を受けるだろうか?会計に精通しているのは、もちろんのこと、経営戦略や管理業務にも詳しく、まさに将来のCFO候補達といった煌びやかなものだろうか?

はたまた、どーでもいい些細な論点を突っつきまわして、会社の事業や実務など碌に知らず、日々しょうもない仕事をしているくせに変に給料は高く、妙に上から目線の偉そうな会計オタク連中といった感じだろうか?

私は監査法人から事業会社に数か月経つのだけれど、何となくだが事業会社が公認会計士に求める能力、資質とそのギャップが見えてきた気がする。

メモ書きのようなものだけれど、公認会計士に何が足りないのか、ちょっとずつ書いていこうと思う。逆に、今監査法人にいる公認会計士の人たちはこの足りない部分を少し考えながら日々の業務に当たってほしいと思う(もしかしたら、転職活動もちょっとだけスムーズになるかもね)。

まずはかなり根本的なところから、「目線の低さ」と「視点の違い」という話から。

  1. 目線の低さ
    事業会社は監査法人から四半期や期末の監査が終了すると、その期の検出事項をまとめた書類を貰う。事務所によっていろいろ異なるが、マネジメントレターとか言ったりする。文字通り、経営者に宛てた書類だ。最近だと、WordではなくPowerPointで作成されたビジュアル的にも美しいものも多くなってきている。マネジメントレターに書かれることは、会社が抱える会計上の論点や内部統制上の課題などが中心だ。会計上の論点だと、のれんや有形固定資産の減損損失や、繰延税金資産の回収可能性といった昨今話題になっている会計上の見積りのトピックが多く、内部統制上の課題だと会計システムのID管理の不備や、海外子会社の不正等が多いのではないだろうか?

    ただこのマネジメントレター、事業会社側からすると部分的過ぎるのだ(一応、監査法人出身者として些細とは言いませんとも、ええ)。

    例えば、内部統制上の論点だと、テストした結果、証票書類に一部不備があった(ハンコがないとか)、システムのIDの棚卸が出来ていなかった、一部処理に誤りがあり使っているスプレッドシートがイケてなかった…など。
    確かにエラーはエラーであり、不備は不備であり、検出事項として伝えるのは大事なのだけれど、あれだけ膨大な時間を費やして、高い金払って(まあ、これは反論あるかと思うが…)結局出てきた成果物がこの調子だと、まあ事業会社側はシラケるわけです。お偉方は特に。

    なぜ、こうなってしまうかというと、今の監査がこういうもんだから。

    今の監査は昔と異なり、属人的な、感覚的なものから離れ、かなり標準化されシステム化されている。昔ながらの”大先生”による異常点監査ではなく、やるべきことが監査基準や各法人のマニュアルなどで明確化されており、割とどのチームでもやるべきことというのが似通ってきている。そして、実際に行った手続は電子調書として纏められ、漏れがないようにシステム化されている。

    しかも、この標準化・システム化は大体グローバルに展開されるため、各法人間、そして各国家間においても少しずつ差がなくなってきている。これはこれでメリットがある。昔はチームごと、パートナーごとに監査で実施することが異なっており、ある会社はザルであり、ある会社は非常に細かく視られるといった差があった。で、ザルっぽいことをやっていた会社から粉飾決算が見つかったりする。標準化やシステム化を進めれば、少しずつだけれどもこういった人による、チームによる、法人による差というのはなくなり、一定の水準は確保できる。監査の品質管理というやつだ。

    一方で、標準化・システム化の陰で失われたものもある。

    昔は少し時間的に余裕がある一方で、会社とのコミュニケーションを密にとる時間があった。それは単純に作業が少なかったから、クライアントの人と飲みに行く時間がいっぱいあった、というだけではない。今と異なり、パートナーのローテーション制度(パートナーは5年だか7年だかで別のパートナーに交代する必要があるのだ)もなく、一つのクライアントに長い期間コミットできた。

    ぺーぺーのアソシエイトやスタッフが最初はおっかない経理課長に怒られながら少しずつ会社の理解を深め、数年経ちシニアになって、ややこしい会計処理や新しい基準が出れば会社から頼られるようになり、時には自ら決算作業を手伝って、また何年かしてマネージャーになれば、取締役や部長クラスと全社的な観点から会計上の論点や内部統制なんかを議論しつつ、クライアントのビジネスとは何なのかという本質を知り、そしてパートナーなる。その頃になると、もうクライアントと付き合い始めてから10数年経ち、会社の経理担当者よりも詳しかったりする。厄介払いされるので、会社にはあまり行かなくなったけれども、大事なミーティングなどでは結構鋭いことを会社にも言ったりする。

    事業会社ではそんな監査法人のパートナーをおっかないなあと思いながら、反面頼りにしていたりする。難しい論点があれば、答えを出してくれるし、たまのミーティングではなるほどと思うことを言う。

    こうして、長い年月をかけて、公認会計士も会社の二人三脚で成長できていたのではないだろうか?会社は事業の知識を、会計士は会計の知識をそれぞれ持ち合い、お互いに補完しあい成長するという関係。しかし、いつしかそのサイクルが上手く回らなくなり、お互いがお互いを甘やかす結果となり、粉飾などの問題が発覚する。そして世間は両社の関係をこう批判する。

    「馴れ合い」だと。

    結局、お互い少し距離を取って「節度ある」お付き合いをすることが求められた。標準化とやらでやることが増えたし、つまらないエクスキューズのための書類も増えた。一方で、少しずつ会社のことが、ビジネスのことが分からなくなった。分からない人が増えた。経営者に”刺さる”ことなんて書けないし、そんなこと考えている時間もない。そもそも、経営者にも取締役にも大して話したことないし何考えてるのだか分からないし。下の連中に聞くと、何やら内部統制のテストで、ちょっとエビデンスがなかったらしい。じゃ、ここら辺の当たり障りのないことを適当にまとめて報告するか…となり、先の面白くとも何ともないマネジメントレターが出来上がる。

    会社も会計士に頼らなくなった。会計士は転職市場に定期的に出回るから必要であれば雇えばいいし、検索エンジンなどの進化で、インターネットに聞くほうが早いこともある。というか、会計士が調べ物をするときにググってるし。

    結局、会社との、経営との接点が少なくなり、パートナーやマネージャーというそこそこの立場の人間が、経営、事業、管理、海外といった視点で問題を語り、それを納得させる能力が失われて行ってしまったのだと思う。

    なので、事業会社からすると、特に昔の怖い大先生を知っている人からすると、どうにも目線が低くて、期待外れに感じてしまうのだろう。

  2. 視点の違い
    いや、そうではなく、そもそも監査がこういうもんだから、という理由もある。
    前提中の前提の話だが、監査は、投資家保護がまず最初の目的であり、会計基準との準拠性や重大な虚偽がないかどうかが重要。
    内部統制監査が始まって以来、一応財務諸表ができるプロセスを追っていったりするものの、実際に会計士自らが手を動かすことはなく(というか、できないのだが)、その実効性や効率性なんかは肌身で感じることはない。飽くまでも出来上がったものにケチをつけるというスタンス。
    なので、経営や事業の課題はそれは経営者や事業会社の人間が考えることであって、会計士の仕事じゃない。それを期待するのなら、コンサルティング会社かアドバイザリーファームにでも言ってよ。なんならグループのコンサル会社を紹介しましょうか?…と考え始めれば、今っぽい監査法人の会計士の出来上がりと。

    これはこれで一理ある。監査は別に経営コンサルティングでも何でもない。はなから、目的が全く違うのだから、それを求められても困るのである。

    結果、こういうマインドの人からは残念ながら事業会社が求めるようなものは何も出てこない。当たり前だ、考える必要性を感じていないのだから。

    加えていうならば、こういう会計士は就職活動すると大体面接で撥ねられる。手転職理由として「経営に貢献できることがしたいです」というのだけれど、具体的なことを聞くと、全く考えていないか、的外れなことが大半だから。

 結局、事業を知ること、事業と会計を結び付けること、会計から事業に貢献できることを考え、そして出来る範囲で実践することが重要なのだけれど、今は監査法人でその機会が十分に与えられていない。偉い人や昔の人の一部はそれに気が付いていて、何とかしたいと思っているけれども、そもそも監査そのものの業務のボリュームが大きくなってきているため、この流れを変えるのはなかなか難しそうだと思っている。