【書評】『東大卒プロゲーマ― 論理は結局、情熱にはかなわない』ときど (※あるいは、個人史的『「バカな」と「なるほど」』)

 

 

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格闘ゲームの世界では1年に1回、「EVO」という大きな大会がアメリカで開催される。そこでは複数タイトルで競われるのだが、その中で目玉の一つである『Street Figher Ⅴ』で、頂点に立ったのが、今回の著者”ときど”こと、谷口一氏である。

 

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ときど氏は見た目比較的若い印象を受けるが、現在32歳。格闘ゲームの世界ではベテラン中のベテラン。日本だとウメハラと並び称されるほどの有名人。


そんな彼が自分の半生と自分の格闘ゲームや人生に対する考え方や姿勢を書いたのが本書だ。概要を書くと、ときどは、タイトルにもなっているように東大卒だ。もともと都内の「御三家」の一つ名門・麻布高校を卒業し、一浪して東京大学に合格。工学部に進学し、大学院に入ったものの、中退。国家公務員になる道もあったものの辞退し、当時海のものとも山のものとも知れないプロゲーマーの道へ進み、世界でも屈指のプロゲーマ―の一人として活躍している…と書いてきたら、東大卒でゲームなんてちっともやらないような真面目君が、冴えない大学生活の中で格闘ゲームの面白さに目覚め、世間の様々な偏見等に立ち向かいながら、プロゲーマ―としての道を歩む…という半生ではまったくない。

というのも、このときど氏、そもそも中学時代から格闘ゲームが相当強く、高校時代にはすでに世界的な大会で結果を残していてる。しかも、ご両親、というか御父上はゲームや子供の興味について理解がある方で、格ゲーばかりやる息子の障害になるということはなかったそうな。

この本人の恵まれた才と理解ある御両親という環境、高校時代に頂点に立ち、東大へ合格するという幼少時代は、はっきり言ってほとんどの人からはまさに順風満帆という印象だろう。だもんで、本書はときど氏の挫折やら絶望といったものが滔々と書かれているのだけれど、その内容と言えば「調子に乗って先輩に怒られた」「勉強しなくて東大不合格だった」「試験の成績が悪くて望んだ研究室に入れなくて不貞腐れた」といった程度であり、正直読者が期待しているような暴力的な父親に隠れながらも、自販機の下で50円玉をせっせと集め、塾帰りにカツアゲに怯えながら六本木のゲーセンで格ゲーの腕を磨き、世界を獲る…というストーリーではありません!

 

なもんで、ときど氏の半生は正直、そんなに面白くない…(凡人の僻みかもしれないが…)。 

 

では、本書の面白さは何か?

 

それは彼のゲームの対策法とその限界だろう。彼は当然、麻布卒、東大卒ということもあり、試験やゲームといった何らかの課題や問題に対する解答の出し方が非常に合理的・効率的だ。試験勉強であれば、過去の問題を分析し、傾向をつかみ、徹底的に対策する。それ以外の無駄なことはしない。格闘ゲームであれば、強いキャラクターを選び抜き、様々な局面を分析し、最も有効な方法を考え、徹底的に練習し、実践する。それ以外の無駄なことはしない。試験勉強もゲームも変わりない。受かるために勝つために「公式」を探し、徹底的に練習し、実践する。非常に合理的なやり方である。


しかし、ゲームの場合、そこに限界がある。ゲームの場合は、当然頂点を目指して様々なプレイヤーが切磋琢磨し続ける。当然、「公式」に対する対応策ができる。分かりやすい公式であればあるほど、対応策は簡単にできるし、多くの競争相手が真似る。

ときどが勝ちにこだわり、効率的な公式を編み出そうとすればするほど、競争相手との差が埋まらなくなるという矛盾。

 
この合理的にあればあろうとするほど、勝てなくなる/非合理になるという矛盾に気が付き、ももちやウメハラといった先達やライバルから学び、これまで彼が切り捨ててきた非合理性・非効率性なもののなから勝利につながる別の何かを探し出していく…これが本書の面白さである。


また、この彼の学びや反省が面白いのは、別の分野である企業経営でも語られていることだ。それは、元神戸大学教授の吉原英樹の『「バカな」と「なるほど」』という本だ。


この本は、経営戦略においても「一見非合理(バカな)であるが、実際に実行するととても合理的(なるほど)である」ことの重要性を説いていることである。これは、一見非合理であるからして、競争相手はそれを真似する気が起きないため、参入障壁が出来るが、その実は合理的であるため、長期的な収益を獲得できるというロジックである。

合理性・効率性が勝負事の決定的な要因ではないという重要な示唆を図らずも教えてくれる本である。

 

ちなみに、彼は昔(今もかな?)そのプレイしている際の目つきの恐ろしさから、マーダーフェイスと呼ばれていた。だが、今回のEVOで彼がプレイしている際や優勝した際の表情は、殺し屋と呼ばれていたころの彼とは全く異なった精悍な顔つきだったと思うのだけれど、いかがでしょうか?

 

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