格闘ゲームのバランス調整とゲームの面白さについて

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私は今30代中盤のおっさんなのだけれど、私の青春時代に流行ったものの一つとして格闘ゲームがある。残念ながら私は格闘ゲームのセンスも、自らのスキルを磨くだけの十分な資金も時間もなかったため、全くもって素人に近い。だが、強くもなく、勝てもしないのに受験勉強の気分転換がてらに秋葉原や池袋のゲームセンターにちょいちょい行っていた。

この動画で解説をしているウメハラこと梅原大吾とはほぼ同世代で、彼の話すことを懐かしく思うと同時に、とても示唆に富む動画だと思うので、簡単なレビューと自分の思うところを記載していこう。

ウメハラについてはもはや説明不要だろう。伝説的な格闘ゲーマーである。背水の逆転劇を始めとした云々は以下のWikipediaを参照。

梅原大吾 - Wikipedia

 

動画でウメハラは、昨年末リリースされた『ストリートファイター』シリーズの最新作『ストリートファイターⅤ』のアップデートバージョンであるシーズン2で行われたキャラクターのステータス調整について、格闘ゲームの歴史を振り返りつつ、自らの意見を語っている。

 

ストリートファイター』シリーズや『ヴァンパイア』といった格闘ゲームにおいては、数年に1回の割合でバージョンアップが行われてきた。バージョンアップでは新システム、新技、新キャラクターの追加などゲームの機能を拡張する一方で、キャラクター間の強さが調整されるのが一般的である。というのも、格闘ゲームというのはリリースされ、各プレイヤー同士の対戦が行われ、しばらく時間が経つと、使用されるキャラクターに偏りが生じる傾向がある。

最初は各々好きなプレイヤーを使用するが、各キャラクターでは、メーカー側で調整が行われているものの、攻撃力や耐久力、スピード、必殺技の威力や操作性などに差がある。各プレイヤー同士の対戦が進み、対戦経験が蓄積されていくと、強力な連続技・コンボ、バグ等によるハメ技の発見など、想定外の戦術が発見・共有され戦い方が洗練されてくる。結果、徐々に勝ちやすいキャラ(以下、強キャラ)、勝ちにくいキャラ(以下、弱キャラ)が出てきて、それが各プレイヤーで共有される。強キャラを使用しているプレイヤーは徐々に弱キャラに乗り換えるか、ゲームそのものを辞めてしまったりしてさらに強キャラに集中し始める。強キャラはゲーム内のプレイヤーの人口が多くなり、さらに対戦が進み洗練されていき、格差がさらに大きくなり、特定の強キャラへ偏りが生まれる。メーカーとしては特定のキャラへ過度に偏ることはゲームの魅力を削いでしまうと恐れるため、バージョンアップにより調整を行う。強キャラは攻撃力を抑えたり、連続技がつながらないようにしたり、一方で弱キャラはその逆に強化したりする。

こう書いていくと、この調整というのは必然的なものであり、メーカー側の対応といては当然のことだと思う。

 

しかし面白いことに、動画のウメハラの解説を聞くと、話は逆。

 

こうしたキャラ性能を平均化するようなマイルドな調整を行ってしまうと、強いキャラクターを使用していたプレイヤーはその楽しさが失われてしまい、ゲームから離れて行ってしまうため、ゲーム自体の盛り上がりを削いでしまう。
結局、格闘ゲームは各プレイヤーの優劣を競う一方で、使っていて楽しい、楽しい瞬間があるというのが大事であり、格差を是正するために、その楽しさを削いでキャラ性能を調整してしまうと、プレイヤーの絶対数を減らしてしまう恐れがある。なので、強キャラは強キャラでほっておいて、弱キャラの性能や操作性を上げ、各プレイヤーの楽しさを削がないことが大事であると。それでゲームバランスが崩れてしまう結果になっても、各プレイヤーは自らの楽しさが担保されていれば、例え一方的な酷い試合になっても受け入れるだろうと。
結局、各プレイヤーの最大公約数の意見をまとめ上げて、そのゲームの持つ尖った部分を削ってしまうと、結局誰も納得しないという事例であり、他のビジネスにも示唆に富む解説ではないだろうか。

※これを所謂格差論に無理やり応用すると、格差是正よりも経済的な弱者に対するケアのほうが有効という話になる気がするが、まあ、思い付きです。