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【書評】『トヨトミの野望』梶山三郎

★★★★★★☆☆☆☆ 

トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業

トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業

 

 

 トヨタ自動車というと、トヨタ生産方式等を始めとして世界的な技術力の高さ、オペレーションの高さ等特筆すべき製造技術にフォーカスされることが多い。しかし、その一方で、創業家である豊田家の影響を強く受ける同族企業という意味を強く持つ。

現時点において、トヨタ自動車の業績は右肩上がりであり、その絶好調である。そしてその豊田を率いるのは豊田家直系のプリンスである豊田章夫氏である。そして、現在のトヨタを世界一の自動車メーカーへと押し上げる下地を作ったのが奥田硯である。もうすでに奥田氏が退いてからはかなり年月が経っており、また奥田氏の拡大戦略が2000年代後半のトヨタのリコール問題を引き起こして以来、彼の業績というのは割と低く評価され、一方で絶好調である現在のトヨタを率いる章夫氏は華やかな評価を受ける傾向があるといえるだろう。

 

著者の梶山氏によるとトヨタを大いに参考にしながらも、他社の内情も取材した上で物語に盛り込んでいるとしている。

※梶山氏に対するインタビューは以下の現代ビジネスに詳しい。

gendai.ismedia.jp

 

が、この本を読み進めていくとほぼ9割方トヨタを参考にしたと言っていいだろう。それほど、トヨタ、むしろトヨタの経営陣の発言をそのままなぞるかの如く発言が多い。

 

物語は、トヨトミ自動車の創業家の社長から武田剛平という生え抜きのサラリーマン社長が就任するところから始まる。武田剛平はサラリーマンながらも豪胆であり反骨精神旺盛な性根から一旦は会社から干されるもの、元社長の豊田章一朗に見いだされ出世ルートに乗り、辣腕を振う…グリーンメーラーとの対決、ダイエン工業と立川自動車の買収、中国進出、F1参戦、ハイブリッド車『プロメテウス』投入の1年前倒し、北米でのピックアップトラック生産等矢継ぎ早に手を打ちトヨトミ自動車を蘇らせていくが、武田のある重要な一手が彼を窮地に追い込んでいく。

一方で、創業家・本家の豊臣統一は能力的には平凡であり、社内では何の才能もないボンボンだと陰口を叩かれる日々を過ごす。しかし、彼は豊臣家の正当な血統を持つプリンスであり、彼は図らずもトヨトミ自動車のトップへ導かれる…というのが話の粗筋だ。

 

本書の面白い点としては、トヨタ自動車の内幕と評価を外にさらけ出したかのようなシナリオだろう。

内幕について最もインパクトが強いのは、武田剛平(奥田氏がモデル)が失脚した経緯である。物語では、武田剛平がトヨトミ家の影響力を排除し、真のグローバル企業へ脱却しようとホールディングスカンパニーの設立を画策しようとしたところ、武田を社長に据えたトヨトミ自動車三代目社長・豊臣新太郎氏(豊田章一郎氏がモデルと思われる)に発覚し怒りを買い、解任されてしまったというシーンである。そして、この新太郎へリークしたのが、武田剛平の右腕的存在であり、武田剛平の後に社長に就く御子柴宏である…で、御子柴のモデルは…と、「え、そうだったの!」と思わせるシーンが多い。

また他にも、トヨトミ自動車が中国政府から合弁工場の設立を打診された際に、それを無下に断った結果中国進出に大きく出遅れてしまったこと、1970年代米国において制定された自動車の排ガスの規制法であるマスキー法など、あまり知らなかった自動車産業の歴史なども知れ、興味深く読み進めることができる(ここでトヨトミ自動車は各下に見ていた“バイク屋”サワダ自動車と技術供与契約を締結することになる…サワダ自動車は…まあ、言わなくなてもお分かりかと)。

大気浄化法 - Wikipedia

また、評価についてはかなり優劣がはっきりしたものとなっている。武田剛平は冷徹な一面を見せながらも豪胆であり名経営者として描かれている一方で、プリンスである豊臣統一は全く活躍の場がないかといえばそうでもないのだが、総合してかなり辛辣な評価であると言わざるを得ない。で、武田の後釜の御子柴も総じて社長の器ではなく、その次の丹波進は数字にしか興味がないコストカッター。創業家の元社長である豊臣新太郎は武田を抜擢する眼力はあったものの、院政を敷きトヨトミへの大政奉還を画策する老獪な策略家といったところ。現実の世界では奥田氏の後任の張氏は最高益を叩き出し、またその後任の渡辺氏は(リーマンショックの影響でGMやフォードが勝手にズッコケたというのもあるが)トヨタを世界一にしたときの社長であり、名経営者と評価されてもおかしくはないと思っていたので、このギャップが面白いと思った。

 

一方でこの作品の欠点なのだが、あまりにもトヨタ関係者の発言を参照したと思わしき科白が多すぎないかと思う。例えば、記者会見でのトヨトミ社債の格付けの格下げに対する怒りの発言や、 リストラに対するスタンスを表明する箇所だ。奥田氏自身がかなり歯に衣着せぬ物言いであったため、現実世界でも割と有名であり、まるでWikipediaを見ているかのように思えてしまい、少し興ざめしてしまう。もう少し削るなりオリジナルな発言でもよかったのではないかと思う。

奥田碩 - Wikipedi

またこの作品は、前述した通り、かなり単純化された二項対立で描かれている。つまり、武田剛平やその周辺にいる人物は能力的にも人間的にも優れた人間として描かれる一方で、それ以外の人間は人間的にも能力的にも劣った人間として描かれる傾向がある。実際のモデルである奥田氏はかなり毀誉褒貶が激しい人間であり、その評価は難しいにも関わらず、かなり一面的にとらえすぎではないかと思える。

※これはこの作品に係らず経済小説全般に言えることなのだが、これはまた別の機会に書くことにしようかと思う。

 

総じて、トヨタ自動車やその周辺の出来事を硬軟含めてサクサク読めるので、読んで損はないかと思う。

 

※最後に、各登場人物が誰をモデルにしたかは以下に詳しいので、参考までに。

biz-journal.jp