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【書評】『コンビニ人間』村田沙耶香

 

コンビニ人間

コンビニ人間

 

芥川賞が発表されると文芸春秋ではその作品と各選考委員の選評が発表されるのだが、それを読むのが好きだ。感覚的にだが、過去の受賞作はどんな作品でも大体高評価を得られるのは選考委員の半分程度ぐらいだと思う。なので、残りの半分の選考委員はケチをつけるか、無視するかのどちらかだ。芥川賞の選考委員ともなるとかなり個性的で好き嫌いがハッキリしており、受賞作でもかなり辛口な評価を受ける。

※今回の『コンビニ人間』を含めた過去作の短評については以下のサイトが参考になるかもしれない。

prizesworld.com

 

しかし、今回の村田沙耶香の『コンビニ人間』は選評ではかなり特殊だった。というのも、9人の選考委員のうち、明確に駄目出ししたのは1名(島田雅彦)、評価をしなかったのが1名(高樹のぶ子)で他7名の選考委員には好意的に迎えられたことだ。覚えている限りでは、21世紀の作品でここまで高評価だった作品はないと思う。

 

なので、かなり興味を持っており最近になってようやく読んだ。結論から言えば、『シン・ゴジラ』と並び(全く毛色は違うが…)、今年最も感動した作品だ。

主人公は、恋愛経験なし、正社員経験なしでコンビニのアルバイトで18年間生計を立ててきた36歳の古倉恵子という名の女性である。加えて、彼女は人が持っているだろうと思われる「普通の」感覚が欠落している。幼少期において、死んだ鳥を焼いて食べようと提案し、両親を困らせたり、喧嘩している男子を止めるためにスコップで頭をぶん殴ったり…。とにかく「普通」ではなく、両親や妹を悩ませ続ける。

大学1年生になり、今に至るまで彼女はコンビニバイトを18年間続ける。「普通」ではない彼女をコンビニは徹底的に「修復」し、「コンビニ店員」として生まれ変わらせる。お客様に対する挨拶、商品の品出し、発注、揚げ物の準備…仕事を覚え、仕事をこなす中で「普通」ではない彼女は、世界と繋がっている感覚を覚える。

しかし、そこに白羽さんという中年の男と知り合うことで彼女は「普通」の世界へ組み込まれていく…というのが大まかな粗筋だ。

 

この物語ででてくる人間は大体3つに分類される。大学を卒業したらまともな企業へ就職をし、誰かを愛し、誰かに愛され、頃合いになったら結婚をし、子供を産み育てる…という「普通」の価値観を持ち、それを実行している人間達。主人公の両親、妹、友人、アルバイトの店長、店員…彼女を取り巻く多くの人間。

次に、まともな企業に就職もせず、結婚もせず、子供もいないが、そうしなければ行けないと思っているが、だけどそれが出来ずに絶望し、嫉妬し、憎悪を抱き続けるルサンチマンまみれんの人間…つまり白羽さん。

最後に、そういった価値観すら持ち合わせておらず、それをしようともしない人間…つまり主人公。

主人公は最初の分類の人間から「普通ではない」と判断され、干渉される。物語の中ではそのストレスを以下の様に簡潔に吐露する。

 

皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。私にはそれが迷惑だったし、傲慢で鬱陶しかった。あんまり邪魔だと思うと、小学校のように、相手をスコップで殴って止めてしまいたくなるときがある。

 

最初の一文は本当に名文で声に出して読みたくなる…かく言う私もプライベートに土足に入り込んできて、上から目線で評価する人間が大嫌いだ。バットで後頭部ぶん殴りたくなる(冗談だが…)。 

 さらに白羽さんのような「普通」の価値観に悩まされている人間も意外にも同じ価値観で彼女を攻撃する。彼女はひょんなことから「普通」の人間になろうとし、なれないと知る。普通ではない自分の遺伝子をこの世界に残すまいと決心する。

しかし、ラストで彼女はコンビニで働くことで生きる目的を得るという感動的なラストを迎える。

 

人生はどうにもならない。

欠落したものを後で得ることはできない。

他人にはなれない。

愛する人間の愛を勝ち取ることはできない。

じゃあ、どうするか?

働くしかないのだ。

いや、どんな人間でも働くことで救われるのだ。

 

私はこの本からそんなメッセージを受け取った。いろんな解釈ができるだろうが、働くということの尊さを面白く、美しく描いた傑作だと思う。素晴らしい!